夜になっても読み続けよう。

地位も名誉やお金より、自分の純度を上げたい。

絶歌~5.我が子をモンスターにするには~

熊沢は冷淡な口調で言った。


「『少年A』、
面倒くさいですから、Aで通します。

その両親の手記は読まれたとおっしゃいましたね」


「ああ。
まあ、フツーに『加害者の親の手記』
としか感じなかったけど」


「それが当たり前の反応だと思います。

ただ、
当時のAの通う学校の教師や
児童相談所の感じたAとは
齟齬があるんです。


私は
両親の、特に母親のパートを読んでて
私はすっごい違和感を持ったんです。


Aが小学校高学年になってから
チョイ悪の仲間と
万引きや
ちょっとした傷害を度々起こすようになってます。


その度に
いわゆる『触法少年』として指導が入る訳ですが
母親は
全部、



『万引きは、悪い友達にそそのかされたせいです!』


『傷害は男の子だから!』


『奇行は、えーと、世の中が病んでるからっ!』


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全部、息子のせいじゃないのよ、って感じだったそうです」



社長は何かひっかかったのか
怒りを露にして言った。


「まあ、分かるよ。
母親と息子って
独特の絆みたいなモンがあるし。

ましてや長男だろ?


なんつーの、
『特別』
なんだろ。

それで、世の中から囲って大切に大切に育てなくちゃ、
道行く障害は全部排除してあげて、
一生、ワタシが近くにいてあげなくちゃ……………………って、






どぉりゃああああああっ‼





猫でも飼えよっ‼







と言いたくなるダメ母だろ。






あ、猫飼うと
Aが殺すからダメか」




「…………社長。
お母様となんぞ、確執が」


「たいていの男は
母親って存在に辟易してんのっ!

そんで母親が実は世間知らずだって
どっかの段階で知って、
テキトーにあしらうようになるのっ!


だから全部が人殺しになる訳じゃなくっ‼


……………はあはあ……………………それで?」







「……………………心中、お察しします。


児童相談所のカウンセラーは
何回かの面談の後、
精神科受診をすすめて、
精神科でも専門的な
小児精神科や思春期外来なんかをすすめて
つまり、児童相談所から移そうとしてたんですが、
この母親、










子供と児童相談所に通ってるのに







何か変な余裕があるんですよね」


「変な、と言うと」


「美容院行って半日かけてパーマかけててたり、
A本人は不登校なのにPTAで仕切ってたり、
手記の冒頭を見て下さい。

母親の結婚式の写真を見て
ウェディングドレス姿の母親をスケッチして
それを母親にプレゼント、
母親は大喜びでーー私には


『目についた物をテキトーに書いて渡した』

だけのようにも見えるんですが」


「んー。下手なスケッチだなぁ」


児童相談所のIQ診断で
70から75と出て、
母親は普通だったと大喜びしてます。

検査の精度にもよりますが…………アメリカの一部の州では
IQ70以下は死刑にならないってのをご存知ですか?」


「つまり、ボーダーのラインだな。
この当時の親はどこからがボーダーかは知らなかっただろう。

僕も70あれば正常って
昔聞いた覚えがある」


「それだけでなく、
直観像素質という物を持ってます。

文字を形で覚えでいたりするんですが、
漢字の読めない小さい子供が
電車を乗り継いで遠くへ行けたりするのなんか
わかりやすいケースです。

この素質を持っている子供は少なくないんですが、
大人になると消失する事がほとんど、
とも言われています。


さっき、
『性的衝動と破壊衝動は脳の中で近い位置にある』
って話をしましたが、
これも男子には少なくないケースです。

けれど、やっぱり、成長するにつれて
分けて考えるようになります」


「…………その、なんつーの、

『思春期には正常か普通になる物が
Aには遅かった』

っての?」


「手記の文章や
当時有名になった犯行声明文ですが
わりあい、しっかりした文章ですよね」


「…………………なあ、
話を変えて悪いけど…………IQって
後天的に伸ばせるのか?

治療とかカウンセリングとかで。

少しでも上げられる物なのかな」


社長は何を思ったのか
少し控えめに聞いてきた。


熊沢は答えた。


「社会経験値、みたいな物は伸ばせます。
記憶力が少々弱くても
買い物や電話が出来る、
それにまつわるルールが理解出来ていれば
社会生活には問題がない訳ですから」


「いろいろな問題が未分化なAを
母親がたっぷり水をやり過ぎて植物枯らすように、
スポイルしてダメにした、と?」


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熊沢は少し上を向いて考えるポーズを取ると
答えた。

「その側面は否定出来ませんが、
さっき社長がおっしゃいましたよね。

『ある日、母親が世間知らずだと気付いて、
男の子は内心、
それをバカにしつつ、
勝手に精神的に自立していく』


Aの中ではどうだったのかは知りようもありませんが」



社長はさっきより
もっと言いにくそうに
肩をすぼめて
背中を丸くして聞いた。


「あのさ、これって、
その、
本人だけじゃなく
いろんな方面から叱られる可能性があるけど


















Aの母親













こそが
ボーダーラインケース







なんじゃないの?」


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知的障害のことがよくわかる本 (健康ライブラリーイラスト版)

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知的障害・発達障害のある人への合理的配慮

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〈続く〉