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夜になっても読み続けよう。

地位も名誉やお金より、自分の純度を上げたい。

ミニマリストなどは、放置しとけ。

暑くて紫蘇が枯れそうな
千葉県某所から
おこんにちは。


相変わらず


ミニマリストを自称する人が
量販店や雑貨屋に行って騒いだブログ」



渋谷にアンギラスでも現れたように
騒がれています(ワザとリンク貼らない)。



この



「自称ミニマリスト















イラッと来てる









人がいるのは
もう
自己流のマクロビオティック
炭水化物抜きダイエットや
禁煙セラピーしてる人達と
同様に



「他人に何とな~く、
信条を押し付けて来て
それがウザい」








の一言に尽きます。








スーパーで
割りとよく見るんですが
子連れの若い主婦が
プライベートブランドのお菓子コーナーの前で









「(いちいち指差し確認しながら)…………高い!

高い!高い!高い!


100円ショップのが安い!」




でっかい声で独り言を言ってて
連れてるお子さんも困ってたりします。







100円ショップでは別の
やっぱり子連れの若い主婦が







「(指差し確認しながら)こんな物は
代用出来る!

家でも作れる!

必要ない!」




と独り言言ってます。




ホントにいるんですよ、
こーゆー人。






何を確認するために来店してんのか
サッパリ分かりませんが、
はたで見ていても















異様















の一言。






ミニマリストって、
本来は宗教的
例えば
カトリックでも
ベネディクト派などの
戒律が厳しい修行僧や尼僧さんや
もっと遡ると
その創始者的な聖人の方から来た概念だと私は聞いております。



お寺も神社も
ミニマリストっちゃ、
ミニマリストなんだけど、
ちょっと意味合いが違うと言うか。


現に仏具や神具は
たくさんあるし。


教会もいろいろグッズ(と言うか)が置いてあります。



ともかく、
それがエンターティメントにも拡大して
いかに少ない絵の具で
あるいはモチーフで
スゴい絵を書くかだとか
音楽だと
バッハのカノンみたいに
序盤から
ゴテゴテとオカズ着けないで
シンプルな旋律だけで演奏を始めて
そこにちょっとづつ
やっぱり少な目の別の旋律を乗せて行って…………、
だと聞いてます。



少なくとも






真のミニマリスト












目的もないのに量販店に行かない







し、











「あれも必要ない!
これも必要ない!」







と騒がないし







「マッサージ機が必要になるほど働くな」



とは思わないです。





労働の量が少なくても
疲れる人はいる訳です。




もう1つ、
疑問に思うのは
ミニマリスト
部屋の空間を物で無駄にしない、
だから
流行遅れになっていく一方の洋服をたくさん所有するのはやめて
体型が変わると服も買い替えなくてはいけないから
スタイル保持のために健康にも気を配り
電気代の節約にもなるから
家電も小さい物を少な目に
って事ですよね?













なのに

















なんで
あんなにお金かかんの。














元々、たくさん何かを持ってる人が
捨てるのは
まあ、ゴミを捨てるのもお金がかかる時代ではあります。


相方の実家のある地域は
ゴミの分別が徹底してまして

















ゴミの日は町内総出。















DMも
差出人の部分が見えるフィルムは剥がして
牛乳パックも別に
卵の容器も別に
洋服はもう
ボタンから紐から別々に。



フェイクファーと付きのフードのあるモッズコートを出すとしたら
いっそ、ネットで売った方が楽なくらいです。



んで、
大家族なのに









普通に暮らしてらして
物が少なかったですよ。



「自称ミニマリスト


が「啓蒙」する生活って







都会の感覚でないの?







「単に物が少ない部屋」





でなく、










「オサレで広い部屋」










ってやつ。





高校がカトリック教会母体の学校だったんですが、
学校のイベントでどうしても一日残らなくてはならなくて、
寮生の私は
一泊だけ、
教会の




「黙想の家」







てのに泊まった事があります。




ベッドと木の小さな机と椅子、






だけ。









ストーブ禁止。




エアコンももちろんなし。






ひたすらお祈りをあげたり、
自分とは何ぞやと考えるための部屋ですから
(当時、学校の割引で、2食&オヤツとお茶付きで2.000円でした)、
物欲で一杯の10代の私は
カルチャーショック受けました。








ちなみに










部屋でウォークマン聞いてたら
怒られました(笑)。









そんで、
シスターの方々は
ささやかなお茶の時間や
ちょっとしたレクリェーションに楽しみを見出だし
テレビも見ずに








楽しそうに暮らしてました。





ちょうど
クリスマス前なんで
近所の信者の方とそのお子さん達と
ホールで






宝探しのゲームしたり。



「何かやって」



と頼まれて

ラッスンゴレライみたいな
リズム芸をやりました。



シスターの無茶ぶり、ぱねぇ(泣)。






そんで、物に溢れた生活は
確かに
人の精神をしんどくさせるけれど



「いつか、コレ欲しいな」


とか

「健全な物欲」

てのが存在するんだと思ったのです。


例えば、
お年寄りって
毎日のようにスーパー行くけど
買うのがお茶1本だったりして
別に
物が欲しい訳ではないんですよね。



スーパーに行って
いろいろ見るのが
多分、ちょっとした冒険気分なんじゃないかと思います。


物が売れなくなって
過疎化が進んでる街を見ると
今の若い人達が高度経済成長期、
みんながみんな、
バカスカ物を買ったり
あるいは我慢したりしていた、
60年代70年代を
パラダイスみたいに想像するのも分かります。



その後、
バブルという恐ろしい時代が来ますが。






実は
相方のお母さんに
マッサージチェアを買ってあげようと相談してる時だったのでした。



それと、

「物が少なくて機能的な
安いビジネスホテルのような部屋」

だと
私は眠れないんです。


人生いろいろ。


お部屋もいろいろ。




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実家近くの商店街。




天然生活 2014年 10月号 [雑誌]




いつも読んで下さって
ありがとうございます。



自己流マクロビオティックやってる人が
やたらと甘い物を食べてて
たんぱく質が足りてないと脳が言ってるんだと思いますが、

その人が
オニギリ五個目に突入した時







「もう諦めて、ちゃんと肉や魚食えやっっ!!」


と叱りました。