夜になっても読み続けよう。

地位も名誉やお金より、自分の純度を上げたい。

「最強のふたり」~ある大富豪の独り言~

レディース&ジェントルメン。
おっほん。こんにちは。

私はフィリップ。
大富豪だ。

家柄も良い。エリート教育を受けている。
教養もある。

しかし、パラグライダーの事故で首から下が麻痺していて車椅子生活だ。
喉の真ん中の傷は、気道切開した跡だ(細かい演出だ)。

妻は難病を患っていて、それを力づけたいと思ってパラグライダー乗ったら、こうなってしまった。
しかも、妻には先立たれた。

元来、フランス人は気難しいが私は輪を掛けて気難しい。
住み込みで介護人を雇っているが、大抵、一週間で辞める。

今日も今日とて面接だ。
志願者はテンプレートで、つまらない。
移民で黒人の青年が来た。
ドリスという。

いきなり

「不採用にしろ。失業保険が続けて貰える」

とぬかした。

ふざけるな。
私はこの体で、読書したり勉強したり、為替や相場や美術品の売買や投資をしたりしている。
労働の大切さを、とっくり教えてやろう。

ドリスは介護の資格も経験もないから大変だ(私が)。
力任せにベットから車椅子へ移動、結果、車椅子から落ちそうになる(私が)。
食事の介助では、秘書のマガリーに見とれて、目に食べ物を突っ込みかける(私の)。
足に熱湯をかける(しつこいようだが私の)。
まあ、知覚がないからいいし、仕方ないが(雇ったのは私だ)。

ドリスの家は子沢山で、ドリスはしばらく家を離れてブラブラしていたので、オカンに追い出されていた。
住み込みだから、ありがたかろう。

私はよく夜に、過呼吸の発作が起こる。
失った首から下の知覚が、あるように感じて苦しむ。
痛むのだ。
ドリスは私を車椅子に移して、厚着をさせて夜中のパリへと連れていった。
こんな事をした介護人は初めてだ。
しかも、「痛みが和らぐ」と言って
この私にマリファナを吸わせやがった!

確かに楽になった。
後で分かったのだか、ただの普通のタバコだった。
思い込みは恐ろしい。

その夜、私は失った物の事を話して涙ぐんだ。
ドリスは聞いてきた。

「エッチの方はどうしてんの?」

…………。

ずいぶん、答えにくい事を、しかも聞きにくい事を、直球で聞いてくるじゃないか。
障害者の性などは隠されているが、大切な問題だ。
私の場合、可能だがコントロールが出来ない。
耳で気持ち良くなるから代用…………コホン。

友人は「ああいう人種とは親しくしない方がいい」と忠告してくる。
が、数日間、世話をされてて私は笑う事が増えた。
オペラでは爆笑して注意されるし
電動車椅子のモーターを、スピードが出るように改造するし
車椅子用の荷台のある車は使わず、自分が乗りたいからと乗用車に私を乗せる。
しかも、東洋人のエロいマッサージの、エロい店に、私を連れていく(耳のマッサージをしてもらった)。

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介護の方もサマになってきた。
シャワーや着替え、全身のマッサージ(麻痺用のだ)、食事に下の世話まで
上手くできるようになった。
ワガママでウマが合わない養女を叱るよう私に言う。
モニター越しに、ドリスが言うように叱った。
「私は超怒っている。屋敷で働いてくれている人達に敬意を払いなさい。でないと、マジで車椅子で轢き殺す」
と。
養女は珍しく反省した。

ドリスは画廊に連れていったら絵を描くようになった。
この絵は本当に良いので、ぜひとも見て欲しい。

私の誕生日は、サプライズと言う名の予定調和だ。
私を外出させる。
秘書たちがセッティングする。
私が帰る。
友人や親戚が集まっている。
ハッピーバースデー、フィリップ‼

私は「驚いたけど嬉しい」という顔をする。
つまらない。

今年はクラシック・コンサートだ。
ドリスは
これはCMで聞いた、これは有名だ職安でよく流れている
と言う。

そして皆にアースウィンド・ファイアを聴かせた。

ドリスは踊り出した。
素晴らしい踊りだった。
これを読んでいる方々、このダンスシーンだけでも見て欲しい(それと絵も)。

「今日はフィリップの誕生日だぜっ!みんな、踊ろう!」

私同様、気難しい助手や看護師や庭師までノリノリになった(庭師はターンを失敗して転んだが)。

ドリスには愛嬌がある。
最初は、底辺層の人間だ、仕事が雑だと言っていた家の者達も
すっかりドリスと打ち解けている。

私はその日に、ドリスは良くないと忠告してきた友人に、ドリスの絵を作者を伏せて見せた。
1万2,000ユーロで売れた。
「無名の新人の絵だが、後で値上がりする絵だ」
と褒めていた。
バカめ(笑)。

私には文通している女性がいる。
エレノアという。
それを文通だけで済ませるなと言って
ドリスは電話をかけてしまった。
初めて話したエレノアは感じが良かった。
止せと言うのに写真まで手紙に入れる。

エレノアがパリに来ると言うので待ち合わせをする事になったが…………私は約束のカフェに行ったが…………時間の前に帰った。

私は怖かったのだ。
この車椅子姿を見て、彼女はどう思うのだろう。
指一本動かせない私を。

今度は私がドリスを連れ出した。
自家用ジェット機で遠くへ。
そして、インストラクター付きでパラグライダーを楽しんだ…………私が笑いを堪えているのは、過去のトラウマを克服出来たせいではない。
初めてジェットコースターに乗った子供でも、こんなに騒がないだろうと言うくらい

「嫌だっ!オレはやらない!
うっぎゃあああああっ!ギョエエエエエエッ~ッ‼」

と大騒ぎだった。
思い出しても笑える。

しかし…………終わりが来た。

ドリスの家庭は、子沢山なだけでなく複雑だった。
弟が屋敷に来たのだが、少しグレかけていて、ドリスの助けが必要らしい。
私は雇用関係を終了した。

それからの日々の私は、孤独だった。

介護人はクルクル変わった。

「健康のため」と禁煙を強いて来るヤツ、「機嫌が悪い」だと?
私は病人か?子供か?

そうだ、私が何故、ドリスといると楽しかったのか。

ドリスは、私を特別扱いしなかった。
病人でも障害者でもない、患者でも客でも雇用主でもない、一人の人間として扱った。

私には分かっていた。
移民で複雑なドリスの家庭は
母親が一人で生計を支えている。
他の子供たちは幼い。
きちんとした収入を得るだけでなく、父親の代わりをする大人の男が必要なのだ。
私に縛り付けてはいけない。

私は孤独で、ええ歳こいてグレた。
介護人を困らせた。

そんな日が続いて精神的にも参ってしまった。

そして、助手がドリスを呼んだ。

ドリスは屋敷に居た間に、絵画やクラシックをいつの間にか学んでいて、面接でも雇用主の心が掴める人物になっていた。

ドリスは夜の公道に車で私を連れ出し、いきなりパトカーとカーチェイスを始めた。
警官には、私が急病だと言った。
私は重病のフリをした(笑えた)。
結果、パトカーが先導してくれて病院まで行った。
もちろん、パトカーが行ったら別の方向へ走り出したが。

ドリスは私を
海が見えるレストランに連れてきた。
そして言ったのだ。
二人が初めて会った日に、廊下で、ちょっぱった小物を、私に返しながら。

「オレはランチには残らない。彼女によろしく」

ドリスはレストランから出て行き……何という事だろう。

あのエレノアが現れたのだ。

もちろん、ドリスが根回ししたのだ。
そして彼女は
車椅子姿の私に少しも驚かない、素晴らしい女性だった。

私が涙を堪えているのは
エレノアに会えた喜びと
窓ガラスに越しにドリスが
まるで、彼女に引き継ぐように
あの見慣れた愛嬌のある笑顔を見せて去って行ったからだ。

そして、これはフィクションではなく、実話だ。
ドリスがかつて言ったように、チャリティー番組で寄付金を募るストーリーではない。

私達はテレビのドキュメンタリーに出た。
そして映画化された。
ハリウッドリメイクの予定もある。
興行収入も「アメリ」を抜いた。

私の人生は不運続きだったが(と、ドリスが言った)、それでも人生は続く。

私は再婚し、モロッコに移住した。

ドリスは会社社長をしている。

私とドリスの絆は、永遠、かもしれない。

これを読んでいる方々で
心の暗闇に落ち込んでいる人がいるならば
どうか聞いて欲しい。

人生は続く。

さあ、人生に躍り出そう。


フランス映画『最強のふたり』予告編

いつも読んで下さって
ありがとうございます。