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夜になっても読み続けよう。

地位も名誉やお金より、自分の純度を上げたい。

ラストエンペラーの二人の妻3~満州前夜~

有名事件

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皆様、こんにちは。

一回目の記事です。
slowstudy.hatenablog.com

その三。

皇帝として全く認知されていない事に業を煮やした溥儀は
関東軍との交流を深めていきます。

はっきりした形で
侵略とか植民地化すると米国や欧州がうるさい、ここは「満州」という新しい国を作ろう(実際は植民地化なんですが)。

君主が日本人では、中国の保守派が黙っていない。
血統正しき人物で、軍のいいなりになる人物……それが溥儀でした。

溥儀はなくなってしまった清王朝を復活させたい、ついては皇帝に返り咲きたいので渡りに船。

関東軍は監視のために張園から静園に移します。
ところが、ここは日本人ばっかりで
何気に監視されてる生活に婉容もストレスが溜まります。

この頃から、婉容は阿片の吸引を覚えた、と言われています。
が、当時は、お付きの女官まで
まるで大麻か脱法ハーブ、下手したら煙草感覚で吸っている人も多かったのです。
毒性も依存性も、そんなに強かったのかは分かりません。

一説には、関東軍の甘粕が煙草にこっそり仕込んでいた、てな話もあります。

文繍はこの頃、英語の通訳をしていた男性に片思いしていて、駆け落ち寸前の所を連れ戻された、という逸話もあります。

この静園に移ってからは
監視のストレスは溥儀も同様で
下男として連れて来られた少年を虐待し、うっかり死なせてしまうと
仏間みたいな部屋に何日も引きこもって祈る、という事を繰り返していました。

三人ともがボロボロのクタクタです。

そして、文繍の元へ叔母さんが訪ねて来ます。
この人は離婚していて、これからの中国では女性も社会進出が可能だし、妻としての権利も主張すべきと言われます。

その後、実母が亡くなります。

少なくとも一族に迷惑はかからない、と大きな爆弾をかます事を決めます。

ドライブに行くと屋敷を出て、文繍は二度と静園には戻りませんでした。

人を介して溥儀や側近数人に託されたのは
離婚申請でした。

部屋には
「哀苑鹿」
日本語なら
「苑の鹿を哀れむ」
という詩が残されていました。

ワダスは自由な環境で育った、苑の窮屈な生活は向かない、という文言と
婉容を苑の鹿に例えた、痛烈な皮肉な詩です。

この「妻からの三行半」は
日本でも当時はそうでしたが、大スキャンダルになりました。

中国共産党は文繍の大英断を褒め称えるし
満州国の国王候補
こんなスキャンダルは困る
関東軍までアタフタします。

しかも、突発的な物ではなく
入念に準備された上での出奔です。

結果として、文繍との離婚は認める。
慰謝料は五万五千元(現在の日本円でだいたい、五億五千万円)。
暴露話はしないこと
などなど、細かな取り決めの上での離婚でした。

「再婚を禁ずる」
という一文があったとされていますが、これはあったとしても、拘束する法的効力はありません。
しかし、この離婚劇で
自分も離婚を考えていた婉容は
完全に、自由への道を絶たれてしまいます。

この静園での生活で
婉容は不倫の果てに子供を産んだ、そして、その子供は産まれてすぐに殺された
という話があります。

が、王室の不倫の子供を、嫡出子として育てるなんて事は
昔からヨーロッパでも普通だったし
そこまでしたのか、と疑問にも思います。

不倫の子ではなく、溥儀の子で
流産だったという説もあります。

この婉容の浮気に、溥儀がめちゃめちゃ怒ったという説もあらば
産まれてすぐに亡くなった子供のために祈ったという説もあって
この当たりだけは変に隠されています。

私の憶測ですが
溥儀には身に覚えがあったのではないかと思います。

とにもかくにも、婉容の幸せは
ここにはありませんでした。

気晴らしは阿片だけ。

やがて満州国が作られます。

続く

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やっぱり、萌えな美人さんです。


いつも読んで下さって
ありがとうございます。