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夜になっても読み続けよう。

地位も名誉やお金より、自分の純度を上げたい。

少女とゾンビ。

日常 世相

皆様、おこんばんは。

昼間は

サウナかゴルァ(ノ`△´)ノ

な千葉県某所です。

夏の名残にゾンビ。


私は職場のヤング達からホラー映画好きで通っておりますが、特にゾンビに関しては生物学的見地から真剣に考えてしまいます。

と言うか、ハリウッド的なゾンビが一般化する、はるか以前、ルネッサンスの前から


「一度死んでから歩き回る死体」

とゆーお話は存在してます。
ペストの大流行のせいです。

ハイチではフグ毒のテトロドトキシンで一度心肺停止に近い状態になってから
回復した人なども文献にはあります。

「生前の記憶がなく、ヒトとしての全てを忘れて、ひたすらゾンビ化してない人間を襲う」

という雛形はハリウッドからです。

ノスフェラトウというのも映画にあって、これもゾンビに近いのですが、ちょっと貴族的です。


んで


ゾンビと少女


という組み合わせですが
意外にも普通のゾンビ・パニックホラーより深い作品が多いです。

イチオシなのが
「アリス イン デッドリースクール」

舞台をコミカライズした物ですが
学校の屋上にいてゾンビ化はまぬがれた
しかし、下は阿鼻叫喚。

そこでのサバイバルだけではなく
元々、儚い少女期という中で
何を求めて生きていくのか
それぞれ普段は属性が違うので交流してなかった少女達の成長やいろんな物がストーリーです。

主人公がお笑い芸人キャラなので
ほとんどが笑えるのですが
それが余計に切ない。

残される者、残して行く者
そうした少女達の孤独感や寂寥感が
ひたひたと胸を打ちます。

ラストは本当に素晴らしかったです。


少女「だけ」がゾンビになる「ステーシー」も、ゴア描写がすごいのですが





泣きました。







実は、最近、知人の結婚・出産ラッシュが収まったと思いきや
知人が相次いで亡くなりました。

人はいつか死にます。
それが遅かろうが早かろうがヒトは
やっぱり死ぬのです。

何と言うのか
「残されて、明日はわたしも死ぬかもしれないけれど、生きて行く私」
という重い課題みたいなモンがあります。

人生は続くし
生きている事は本来なら楽しいはずです。

どんなに素晴らしい美食をしても
24時間経ったら排泄するだけだし
有名になろうがお金持ちになろうが
棺桶の中には入りません。

じゃあ、何で生きてるかって言うと
食べて美味しいとか
疲れた眠れる~♪幸せ~♪とか
日々の些細な喜びがあるからです。

「ゾンビサバイバル」
て本にありましたが(ホントにそういう本がある)、
ゾンビは苦痛すら感じない
ただ、ものすごい空腹で
飢餓感と言ってもいいくらいで
食べても食べても(死んでて消化器が機能してないからか)満腹~幸せ~♪
がないのです。

死なないから、永久に摂食障害が続いています。

これって、すごい孤独だろうなと思います。

それで思うのです。

ヒトには希望が必要なんです。

例えそれが嘘であっても。

生きているって事はすごい事なんだと
ゾンビ物を読んだりみたりする度に思います。

反面、残酷な事でもあります。

だから

「彼女の事を覚えていてやって欲しい。頼むから」

って言葉に涙した私です。

やっぱりゾンビ映画撮りたいなぁ。
泣けるゾンビ映画を。
希望に満ちあふれたゾンビ映画を。


いつも読んで下さって
ありがとうございます。


「少年とゾンビ」
は…………何か嫌だ。