夜になっても読み続けよう。

地位も名誉やお金より、自分の純度を上げたい。

地獄に咲く「非現実の王国」~ヘンリー・ダーガー~

1973年、アメリカ。貧困者向け老人施設で、一人の老人が亡くなる。
彼の名はヘンリー・ダーガー

「ダーガー」なのか「ダージャ」なのか、はたまた「ダージャー」なのかは、はっきりしない。
何しろ、このヘンリーは姓をはっきり発音しなかったからだ。

アパートの大家・ネイサン・ターナーに、家財をどうするか聞かれて彼は一言だけ答えた。

「捨ててくれ」。

部屋の中には、大量の児童用の絵の具、夥しい量の古雑誌。

そして、数千ページにも及ぶ小説(うち十五冊は自分で装丁したとおぼしき本)、数百枚以上の挿し絵らしき絵が出てきた。その中には、横幅三メートルを越える物がたくさんあった。

これらはダーガーの死と一緒に世界から消え行くはずだった。
大家がカメラマンで「アートを見抜く目」を持っていなければ。

これは埋もれさせてはいけない。ネイサンは思った。それほど、この作品の完成度と魅力がすごかったからだ。
例え、埋もれる事が、ダーガーの望みだったとしても。

そうして「非現実の王国で」と題されたスーパー・ギガ量の小説と、横幅3メートルに及ぶ物もある挿し絵は日の目を見たのである。

後にいろんな人間を魅了する存在として。

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「雑然」と言うより「爆発寸前」が言葉として似合う部屋。


……と、格調高く書こうとしましたが止めます。

ヘンリー・ダーガーは1892年生まれ。
母親は後に妹を出産しますが、産褥熱(いわゆる「産後の肥立ちが悪い」と形容される、感染症)で亡くなり、妹は養女に出されます。

この「まぶたの母」と「会った事のない妹」が、後のダーガーにどんな物を与えたのかは(あるいは奪ったのか)分かりません。

父親と生活し、頭は良いものの、突発的な暴力性や奇行が現れ、少年院みたいな施設に、やがて知的障がい者施設に入れられてしまいます。
18才の時に父親が亡くなり、施設から脱走。
徒歩でシカゴまでたどり着き、病院の住み込み清掃員になります。

包帯巻や芋の皮剥きと言った、低収入の仕事で病院を転々と変えながら、その収入の殆どと、空いた時間を
この「非現実の王国で」を書く事に費やします。

正規の美術教育を受けた事のないダーガーは、古雑誌を漁っては持ち帰り、気に入った写真を切り貼りして挿し絵を作ります。
そう、「コラージュ」です。


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時には果敢に闘い、時には非道に傷つけられる「ヴィヴィアン・ウエスト・ガールズ」


架空のとある国では、清らかな「成長しない少女達」が、残虐な大人の男性による軍と戦うといった、イマドキのラノベ調なストーリーです。

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大人の男は汚れていて暴力的。


背景、花畑、動物も切り貼りして全く新しい世界を作り上げていきます。


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少女達の守護神みたいな存在のブレンゲンという生き物。

切り貼りだけだと自在に操れないのでカーボン紙を使ったトレース、やがて大きさを変えるために`当時は高価な写真プリントを業者に頼み、お気に入りの少女の写真は、何回でも使い回していました。

オリジナルな部分もあって、独特だけど優しい色彩感覚の、味のある絵も描いています。

ところで、この少女達の世界観…………どっかで見たな……………………「魔法少女」だっ!!

プリキュアとかセーラームーンとかマドマギとか!!

つまり「汚れなき乙女が悪と戦う姿は美しい」てなセンスは、一世紀前から存在したのか!!
それはともかく、これらの作業は、ダーガーが老人施設に入るまで54年間も続けられます。

ボロボロの繕いだらけのコートを着て、テープで止めた眼鏡をかけ、話しかけても天気の話題しかしない、古ゴミ捨て場で雑誌を漁るダーガーは、近所の人達から気味悪がられます。
リエーター気質というか、コミュ障というか、好きなことはとことん没頭するタイプだったようです。

大家のネイサン家族は彼の理解者でした。誕生日パーティーまで開いてあげたり、何かにつけて味方。

ダーガーは、子供の養子縁組を何回も申請していますが、低収入と独身を理由に断られています。

孤独なダーガーが安心出来た唯一の場所、それが自分の創作物の中でした…………、だけじゃなさそうな気がします。

ダーガーが施設を脱走してシカゴまで逃げた道のりで、時期を同じく、3人の女の子が殺害される事件が起きていますが、迷宮入りしてます。

また、ダーガーはかなり残虐な挿し絵も描いていますが(見せられないよ!)、少女を絞殺する絵だけは
妙にリアル
なんですよね。

私はダーガーが、越えてはいけない一線を越えちゃってると思います。
自分の姓をはっきり発音しなかったのは、身元バレを恐れてだったのかもしれません。

特筆すべきは、遺体で見付かったエルシー・パルーベックという少女の新聞写真を愛でていて、「アニー・アーレンバーグ」と名付けていました。
それをうっかり紛失してしまうという出来事があった時です。
見付かるように神に祈るけども、写真は出て来ない。
まるで、復讐するかのように、創作の中の少女達は悲惨な目に遭います。


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本名エルシー・パルーベック、五歳。確かに儚い美しさがあります。
左は新聞写真。右はダーガーの模写。


この「(多分)世界で一番長い小説」が完全に刊行・翻訳されないのは、量の膨大さも然ることながら、文章は雑誌や本からの引用を、一部アレンジしている文章が殆どで、著作権に触れるからじゃないかと言われています。
小説部分すらも「コラージュ」な訳です。

ダーガーはこの物語を、恐らく、自分だけのために書いていたと思います。

挿し絵の少女には、何故かペニスが付いている物と、そうではない物があります。
当時のポルノ事情を考えても、これは故意にそうしたのでしょう。
「勇敢な少女戦士達」は時にはジェンダーを越えていたのです。
また、小説の中に該当しない挿し絵もあります。

明るい髪にキャンディーのような色を持つ、成長しない少女達。
「女」という化け物にならない少女達。

その少女戦士達は、時には炎渦巻く野原で知恵を使って生き延び、時には
グロテスクに殺されたり、時には少女らしい茶目っ気で敵の裏をかいたり。

そうしたシーンが、独特のカラーセンスでまとめあげられています。
会う事が叶わなかった「母」と「妹」、孤独な自身。

ダーガーの部屋からは、時々、複数人の話し声が聞こえて来る事もあったそうです。
漫画や小説を書く人なら分かると思いますが、登場人物になりきって、お話を進めつつ、文章を考えていたのでしょう。
地位もお金も名誉も望まず、数十年間も1つの物語を作り続けるガッツ。
少女を壊したいほど愛し、保護して育てたいほど愛し、一人の世界に没頭する、こんなクリエーターはSSR級です。

ありものを集めた世界が、何故こんなに人を惹き付けるのか。
もちろん、作品への熱量もありますが、なにより、ダーガーのセンス失くしては、こうした絵にならないからです。

どこかで見た事のあるグラビア(お菓子や家電の、ありふれた広告など)の少女達が、着せ代えられて、闘い、不思議な空や花や生き物の中を浮遊する。

人がアートを必要とするのは
「誰も見た事のない風景を見たい」
「この世に存在しないハズの何者かをリアルに知りたい」
という欲求が要因の中にあります。

「今風で斬新なんだけど、どこかで見た事のある、ありふれた絵」
に、価値などはありません。

何度見ても、意識が不思議な世界に飛ばされてしまうダーガーの作品で、少女達はこれからも闘い、生きて行くのでしょう。

この世界を創造している間だけは、ダーガーが忌み嫌う、もう1つの化け物、「大人という怪物」に心を壊される事なく、男でも女でもない「子供」のままでいられた時間。
それは至福の時だったと思います。



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