夜になっても読み続けよう。

地位も名誉やお金より、自分の純度を上げたい。

それは愛という名の背徳~「ホーキーベカコン」~

谷崎潤一郎先生のアレヤコレヤな逸話の1つに、女装癖、があります。
女の格好で街を歩いたりしてたと言われています。
元々が美丈夫だったのでしょう。夫人が後年、意外とバレず、似合っていたとも仰ってます。
また、すんごい足フェチだった事や、夫人の事を女主人として崇めていたとか、そんな話がボロボロ出てきます。

そうしたエッセンスをこれでもかとブチ込んで、見事、芸術の域にまで開花させたのが
春琴抄
です。

これを原案にした漫画が
「ホーキーベカコン」
です。

私が見て驚いたのは、主人公・佐助が仕える、盲目にして美貌と音曲の才能溢れた春琴が
ロリ
だったことです。

これは世の習い、流行りだし、思っていたのですが、そうではなく、理由があってこうなったのだと、読み終えて痛感。

江戸末期、大きな薬種問屋「鵙屋(もずや)」の娘の一人で、他の姉妹の中でダントツの美貌の琴。
9才で失明し、丁稚奉公に来ていた佐助が、お付きの者となります。

手を引いての誘導の他、トイレまで世話させるのですが、中国の故事に因んだ贅沢な厠。
これはこの漫画だけのエピソードですが、
ヒロインのトイレットシーンまで美しいのです。

鵙屋ほどではないにしろ、佐助も薬屋の息子として奉公に来ています。つまり、未来は家業を継ぐ事になっていたハズ。それらをブン投げて、琴に心酔し、丁稚は止めて専属の付き人になります。
そして、三味線も習います。

それがレッスンの名を借りた、殴られ放題のSMプレー(笑)。

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死ぬ寸前まで折檻されてるのに何だか。

琴はやがて、正式に「春琴」の名をもらい、弟子を抱えるのですが、生活の世話だけでなく、お金のやりくりや、盲目の春琴のために、着物や化粧品の買い物までしています。

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普通の口紅の半量もないのに、一万円以上する笹色紅。
紅花だけで作られてます。

こうした着物の気付けや化粧まで、佐助がしてます。

それはともかく、いろんな人が映画で春琴を演じています。
私の世代なら、山口百恵さんなんかが有名です。
隠微さは多少ありますが、どの女優にとっても難しい役です。

「美しく、誇り高く、音曲の才もある春琴」


演じる事が難しいのは、佐助に取って
「作り上げた理想の女性」だからです。
本物の春琴を触媒にすらして、自分が望む「究極の女王様」に、佐助は死ぬまで固執し、支えます。
多分、春琴そのものを見ていない時もあったでしょう。

この漫画の中では、それを示唆するシーンがあります。

谷崎作品にはこうした「理想のS女性を作り上げる、忍耐強いM男性」が、よくモチーフになっています。

完成されてしまったら、後はどうなるのか。
悲劇的なラストであったり、更に続く事もあります。

原作の春琴は、佐助と夫婦同然の生活をおくりながら(婿入りの話もあったのに、互いが身分違いを理由に固辞してます)、まるで「女主人に仕える下僕」を楽しんでいるかのような二人。

エッチもしてるので子供も何人か出来ますが、早々に養子や里子に出し、子供の父親は頑として言わない春琴。
そして、自分などが相手ではないと謙遜し、いつも通りに春琴に仕える佐助。

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凄まじい自尊心。

いや、もう、普通はこれ、正式に結婚した方が良いと思うのですが、そうしなかった理由が泣けます。

原作では、とある悲劇によって、春琴の女としての弱さが少し出てくるのですが、それを佐助はやんわりと嫌がります。それが、更なる悲劇(佐助に取っては至福)を呼びます。

では、佐助は、現実の目の前の春琴を愛していなかったのかと聞かれると、それも違うと思います。

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ジイサンになった佐助。


春琴の目が見えない不自由さから来る、やり場のないストレスを一身に受け、「夫」として春琴の上に立つ事もなく、持ちうる物は全て捧げ、ここまで尽くす事は普通の恋愛でも難しいです。

それで、つくづく思ったのは

「Sは実の所、Mに支配されている」って事です。

「Mが苛められたいように、アレコレ工夫して(?)苛めてあげている、奉仕してるのは実はS」

てのは物の本にもよく出てきます。

春琴が失明しておらず、予定通り、舞や琴を貴人達に披露し、ハイスペ男性と結婚していたら?

いくら美貌の少女といっても所詮は平民。ましてや商家の娘です。
居心地悪い思いをしたり、こうまでも「春琴」というキャラクターを、登り詰める事は出来なかったでしょう。

まるで神に近い尊い存在にまで育て、佐助の望む「春琴」を一緒に作り上げた春琴本人。

愛なくしては不可能です。

けれど、それを人は「背徳」と呼びます。
怖いほど美しいがゆえに。


春琴抄

春琴抄

ホーキーベカコン3

ホーキーベカコン3

  • 作者:笹倉 綾人
  • 発売日: 2019/11/09
  • メディア: コミック
ホーキーベカコン2

ホーキーベカコン2

  • 作者:笹倉 綾人
  • 発売日: 2019/03/06
  • メディア: コミック
ホーキーベカコン コミック 全3巻セット

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船場言葉の艶と、この作家さんの画力に脱帽いたします。

https://blog.hatena.ne.jp/slowstudy/morningwater.hatenadiary.jp/entries
別館もよろしくお願いします。