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「鬼滅の刃」の社会学~その4 復活のための物語~

炭治郎の「Bad end」へ至らなかった理由なのですが

少年漫画だったから

だけ、だとつまんないですよね。
すみません。

それまでは、家族を惨殺された仇討ちと、鬼にされてしまったけれど、たった一人生き残った妹を人間にするための、辛い旅路でした。

ここで「?」と思う事があります。
物語の初期に、自身も鬼であり、無惨の敵であり、毒のエキスパートである珠世さんが、妹を預かろうか?と申し出ます。
その方が良かったんではないか。

妹の禰豆子には取っては、日の光を浴びるリスクが減って安心だし、人間に戻れる可能性が高まるかもしれません。
何より炭治郎は、のびのび(?)戦えます。

そして、妹が早くに人間に戻れたら、炭次郎はどうしていたか。
鬼殺隊をトットと辞めて、妹と再び静かな暮らしに戻ってたんじゃないか。
そもそも、鬼殺隊に入ったのも、二人を助けてくれた義勇さんの薦めだし。

そうならなかった・そうなりやすい選択肢を選ばなかったのは、鬼殺隊に入って知った事が多かったからでは。
鬼の孤独、隊員の志、仲間の思いやり、そんな物にたっぷりと触れているうちに、気持ちやいろんな部分が変化したのではないか。

炭治郎は「無限列車編」のラスト、続く「遊郭編」最初で、自分の弱さに嫌気がさします。
そして、鍛練に励み、その後たくさんの修羅場をくぐっていきます。
もう、「貧しいけど幸福な暮らし」には戻れません。

確かに、鬼をいくら倒したところで、失った物は戻りません。
無惨が言ったように「諦めて、ひっそり暮らして行く」ほうが、ヒトとしての心身の消耗は少ないハズ。
家族は皆殺しに遭い、妹はどうなるか分からない。
本当はもう、その手に何も残っていないはず。

しかし!
そんな考え方は、主人公としての自分が、他のキャラクターが許しません。

人は大切な物を失う事があります。
最初は、孤独の中、月日が癒してくれます。
その後は、他者との関わりや仕事や趣味へ打ち込む事によって、開いた心の空洞を埋めて行きます。

炭治郎が他のキャラの空洞を埋めた時もありました。
その諦めない不屈の精神に、どれだけの同士が力付けられた事か。

何よりも、「鬼滅の刃」には、かつて虐待を受けてきたキャラが多く登場します。
埋める事が難しい心の空白を、どうやって互いに癒して行くのか。
炭治郎は過去を深く詮索する事なく、優しく食べ物を分けたり励ましたりします。
この距離感が絶妙です。

「無限列車編」では、上弦の鬼に手も足も出なかった炭治郎です。
が、最終決戦では、鬼の始祖と丁々発止に戦えるようになった事が(もちろん、無惨への逆ドーピング諸々を含めてですが)、善逸や伊之助を発奮させます。

努力や根性だけではどうしようもない世界もあります。
ただし、このラスボスだけは、炭治郎に取って、相討ちになっても倒さないといけないのです。
それほど、無惨の考え方は、人間を、人の営みを、心や魂といった物を、完全に否定する存在だからです。

主人公は何かの欠落を持っています。
案外、「妹を人間に戻す」という願いが、炭治郎の足枷になっていた時も、あったように思えます。
もう解放されたい、ゆっくり休みたい、と願う炭治郎に無惨が甘言を弄します。

その誘惑から直接的に炭治郎を救ったのは栗花落カナヲでした。
カナヲ自身は、幼少期にひどい虐待を受けていて、肉親の情など知らなかった人物です。
それが、貧しくとも豊かな愛情に包まれて育ってきた炭治郎を助けるのは、素晴らしいコントラストです。

そして、精神世界では、あらゆる人物が控えめな形で、炭治郎を現世に戻してくれます。
「闘いの果ての勝利」とはかなり違いますが、ここで炭治郎は、「シビアであっても、辛くても、暖かい物がある現実世界」を選びます。

どうしても、守りたい人がいる
もう一度、会いたい仲間がいる。
帰りたい、場所がある。

だから、炭治郎は「生まれなおした」と言っても過言でない形で、この世界に戻って来ます。

「努力・友情・勝利」だけではない、根性だけでも得られない「何か」のために。
何より、自己犠牲だけではない、「自分を取り戻す」という目的のために。

その達成感を擬似的に得るために、得たいと頑張るために、ファンはカンフル剤として、「鬼滅の刃」を読むのかもしれません。

しつこく書きましたが、この物語の特異性の一つは、登場人物の多くが「被虐待児」の過去を持ち、それを乗り越えてきた
「虐待サバイバー」
である所です。
大正という時代背景を考えた時に、現代の子供達とは比べ物にならないほどの、悲惨な家庭環境が存在していたでしょう。
あるいは、豊かであっても、時代のせいで壊された大人(親)も多かったと思います。
その悲劇は、一見豊かになったように見える現代にも、まだ続いているのです。

次からは「各論」みたいな感じで、キャラクターが与える物語への影響です。

次回、乞うご期待!


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