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「鬼滅の刃」の社会学~その7 我妻善逸~

ヘンな美少年

善逸ほど、妙な説得力のあるキャラは、この作品にはいません。

怖がりで、ギャーギャー(汚い高音)やかましいし、女の子好き。

なのに、人気は作中一番です。
いわゆる「ギャップ萌え」だけでは説明出来ない物があります。
大正時代なのに、今風の金髪みたいな黄色の髪。
黙っていれば「病弱っぽくて儚い美少年」に見えるのに
「死ぬ~死んじゃう~たんじろおぉおおお~」と鼻水流して泣く姿は、ギャグ以外の何者でもありません。

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これが通常

いたいけな瞳


けれど、炭治郎が言うように
「誰よりも強く優しい」
のが善逸。

善逸の人気はそのリアリティーです。
人が本来持つ多面的な性質をあます事なく表現するからです。
泣く、喚く、笑う、戦う、というように。
実際、善逸役の声優さんも
「今の自分が持っている全てを注ぎ込まなければ、この役は出来ない」
と思ったとインタビューで答えてました(英語版吹き替えの声優さんは「ひじょうに演技が難しかった。日本語の声優さんを尊敬している」と感動的な挨拶をしてます)。

捨て子で育ち、育手の桑島翁に出会うまでは、どうしようもない生活をしていました。
そこへ「一つの事を極め抜け」と達成感を与えようとする桑島。
泣いて稽古をブッチするのも、何度も逃げ出そうとするのも、桑島が自分を見捨てないかどうかの「試し行動」に見えます。

この「試し行動」ですが、被虐待児がある程度成長すると、よく起こす物です。
似たような経歴を持つ兄弟子(獪岳)、ストイックに鍛練する中、存分に弱音を吐き甘える姿は可愛いとすら思えます。
そして、桑島が決して見捨てなかった事が、後に善逸の自己肯定感を上げていき、剣技をも練り上げて行きます。

そして、「鬼である」禰豆子に惚れている事。
これは、ホンモノです。
だって…………可愛いと言っても「鬼」なんですよ!?
花を摘んで来たり、話しかけて、いつも人間の女の子として扱い、何があっても守ろうとする姿。
並大抵の男ではムリ。

それまでは騙されていると分かっていながらも、女性に貢いで借金を負ったりしてます。
禰豆子は鬼なので、騙すとかそうした「女の負の部分」を感じなかったのも大きいでしょう。

「恐怖のリミッターを越えると眠ってしまい、眠りながら技を出す」
という設定ですが、作者は早々に放棄してるシーンも多いです。
那田蜘蛛山では半覚醒していたし、兄弟子との対決時では、しっかり起きています。

孤独の日々から解放してくれた桑島との生活は、本当に実り豊かであったでしょう。
そして、炭治郎達との利害を越えた仲間関係は楽しかったでしょう。

そうした中で、新しい「自分だけの型」を作るのですが、やはり人間は他者との化学反応で変わるのだと深く思います。

兄弟子との戦いは、「擬似的家族」であっただけに、辛かったでしょう。

そうした負の側面を見せず、次の戦いへと向かいます。
やり抜かねばならない事のために。
炭治郎と禰豆子を、故郷に帰してやるために。

この虚勢を張らない、弱味全開の姿に、母性本能を刺激されたり、可愛いと思ったり。

そして、不思議な事に、善逸は捨て子であった過去にあまり、こだわっていません。
親に対する思い入れも憎しみもないようです。

これは桑島やかまぼこ隊のおかげもあるでしょうが、もしかしたら、善逸は元々、成熟していたのかもしれません。

反面、「遊郭編」では、女装した自身をタダ同然で見世(みせ)に売り飛ばした(潜入ですが)宇随天元に怒り心頭。
雷の呼吸を使い、8ビートな三味線(早弾き)を披露。
「あの男、見返してやるぅ~っ!! 」
と幼稚に号泣してます。

特筆すべきなのは、炭治郎の背負う箱に鬼が入っているのを、伊之助が傷付けようとするのを必死で止めるエピソードです。
中身を見ていないのに、炭治郎が「命より大切な物」と言ったから守ったのです。
この優れた共感能力は、優しさへも憎しみへも繋がる諸刃の剣です。

「無限列車編」では、戦闘に参加できず、泣いている炭治郎や伊之助が、何故こんなにも後悔しているのかが分かりません。
分からないものの、二人の悲しみがあまりにも深いので、それを癒したいと慰めます。
こうした優しさに加えて、技を出す時の切り替えのカッコよさ。
実際、「霹靂一閃」を繰り出す時の、普段とは想像もつかない姿にシビレます(雷の呼吸だから)。

実際、「落雷に打たれて髪の色が変わる」という、漫画的過ぎる設定ですが、「雷の呼吸」の使い手として、実は天に愛されているのではないかと思います(フツー死ぬか重傷です)。

それまでは「やる時しかやらない(出来ない)」という技の出し方をしていたのが、兄弟子との対決では自分から彼を探しに行き
「やる時はやる」
に進化しています。
この時の善逸はしっかり覚醒していて、しかも死を覚悟までしています。
それまでは桑島の勧めで鬼殺隊に入り、怖い死ぬと嫌々ながら任務にあたっていたのが
「これは俺にしか出来ない事なんだ」
と初めて「自分の仕事と責任」を意識しています。

意識朦朧の炭治郎に
「禰豆子ちゃんと故郷に帰るんだ!しっかりしろ!」
と呼び掛ける姿も、かつての「ヘタレな少年」ではありません。

けれど、怖いと泣きながらも戦う姿が本質的と言うか、「素」なのでしょう。
後に子孫が「善逸伝」を称して
「あんな怖がりな曾祖父ちゃんが、そんな事出来る訳がない」
と断言しているので、老いるまで気質は変わらなかったとみえます。

それでいて誰かの足を引っ張る事もなく、むしろ、ピンチ時にはエース級の働きをします。

この軽やかさと、強さには学ぶ物があります。
いつもいつも、ヒーローでいようとしていたら疲れるだけです。
緩急が必要なんです。
「準主役」として申し分ない特性です。

そして、その二面性はこのキャラを一番、現実味あるものにしています。
人によってはコミカルに、人によっては美少年に見えるのは、こうした多層的な性格が、自然体に現れているからです。
それゆえ、善逸は人を惹き付ける魅力が大きいです。

こんな孫や息子がいたら楽しいだろうな(うるさいだろうけど)。

ちなみに、私の「推し」ではありません(誰も聞いてない)。


次回は「嘴平伊之助」です。