夜になっても読み続けよう。

地位も名誉やお金より、自分の純度を上げたい。

「鬼滅の刃」の社会学~その19 獪岳~

キング・オブ・クズは淋しい

原作を読むだけだと、このキャラは、まさにクズ。

しかし、書かれていない部分に悲しい話がたくさん漏れて伝わって来るのが分かります。

獪岳は子供の頃、若かりし悲鳴嶼さんの私設孤児院に居て、皆と笑顔でご飯を食べています。
悲鳴嶼さんの所に保護されるまでの経緯も産まれ育ちも分かりません。
「泥水を啜っても」
と独白のシーンからして、相当、過酷な生活を送って来たのが窺えます。
ただ、この皆での食事シーンだけで、ある時期までは皆と仲良く楽しく暮らしていたのが分かります。

この私設孤児院では、住んでる子供達が甕にお金を貯めています。
子供達の年齢を察するに、幼児は別として、ある程度成長している子供は、子守りや雑用、畑仕事の手伝いなどをしてお駄賃を貰い、そのお金を貯めていたのだと思います。

獪岳が、そのお金を何故盗もうとしたのかは分かりません。
実は内心、悲鳴嶼さん達との生活を窮屈に思っていて、逃げるついでの逃走資金にしようとしたのか。
あるいは、「趣味・博打」とあったので
「よし!ギャンブルで増やして、皆にご馳走やお菓子を買ってあげるんだ!」
というような、泣ける理由があったのかもしれません。

そして育手の桑島の所に居て、善逸の兄弟子になっています。
性格はストイックな努力家で、感情の赴くままに騒ぐ善逸を嫌っています。
…………ように見えますが、なんだかんだ言って食事は三人できちんと摂ってるし、疑似家族になっているんですよね。

「雷の呼吸」で「壱の型」しか使えない善逸とは逆に、獪岳は「壱の型」以外しか使えません。
これには何か理由がありそうです。
強さや剣の才能がありそうなのに、「霹靂一閃」が使えないのは何故か。

ネットで考察されていますが
「矯正しているが、実は左利きなので剣の扱いが難しい」
「『霹靂一閃』は強い瞬発力を利き足に掛けるので、利き足が弱い」
などが有力です。

この「霹靂一閃」が使えない事、桑島が「後継者は善逸と共同で」と考えていた事は、獪岳の自尊心をひじょうに傷付けます。

悲鳴嶼さんの所でも最初は、誰よりも働き者だったのではないかと、思っています。

お金を盗もうとしたり、鬼と化したのは、他のキャラの項で書いた「試し行動」の究極の形ではないかと推察してます。

長い苦労の果てに、やっと桑島という精神の父と廻り合い、鬼殺隊という居場所を見付けたのに、戦功はなかなか上げられず、後から入った善逸の活躍を知ったーーそのため善逸の階級が上がった事に自尊心だけでなく、居場所を奪われる恐れも感じたでしょう。
サイアクな事に、鬼殺隊の施設で、悲鳴嶼さんを見かけたのかもしれません。
これはヤバいです。

呼吸の使い手から鬼を出した責任を取って、桑島は師範として、ひじょうに苦しい形で自死します。
それを、自分を一番だと認めてくれなかった報いだと獪岳は嘲笑います。

が、強い鬼でも人間だった頃の記憶がなくなる者もいるのに、鬼化して一年もたっていないせいか、獪岳は細かい所まで覚えています。

まるで、過去の辛い記憶を、悪になりきる事で上書きするように。

桑島の桃園なども、善逸にクズだの出ていけだのと罵倒しながらも、一緒にせっせと手入れしていた時期もあったでしょう。

雷は畑の豊穣を与える物です。窒素やリンを地中に落としてくれるからです。
まして果樹園は手入れも肥料も、普通より手間がかかります。
桃は鬼よけの果物なので、この辺にも理由がありそうです(ちなみに、雷の神様には仲の悪い兄と弟の伝説があります)。

それを捨てたのです。
日常のささやかな幸せがあったはずなのに、この強く歪んだ承認欲求はなんなんでしょう。

きっと、それほど、誰かに必要とされたかったのです。

だから、善逸に破れた事を認められず、愈史郎にクサされて、言葉にならない叫びの中、無限城の更なる底へと落ちていったのでした。

彼が、実は気にかけてくれる人がいた事、何より
子供だったゆえに本当なら自分も

許されなくてはならない存在だった

という事を汲み取っていれば、一番望まない形での最後を迎える事はなかったでしょう。
少なくとも、被害者から加害者になる事は避けられたと思います。

彼も、死後に救いがなかった事は何だか物悲しいです。