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夜になっても読み続けよう。

地位も名誉やお金より、自分の純度を上げたい。

京都の伝統の七段飾りの雛人形の、パンクでデストロイ。

あめです。
皆様、おこんばんは。

両親は
私が幼稚園の頃に始めた飲食店が失敗し
いろいろあって母方の実父の家に一年間住んでいました。

京都の町屋でした。

今でこそ都会のお金持ちの別荘みたいになってますが
その頃はフツーの長屋で
木戸の下を通ると各家があり
真ん中にパティオと呼ぶにはアレな中庭があり
子供はそこで遊ぶか
木戸の向こう側にある駄菓子屋で遊ぶかでした。

この一年間は
私には宝物の一年、母には地獄の一年だったようです。

セレブでハイソな暮らしを忘れられない母は
私の交友関係に細かく口を出して来ました。

○○ちゃんの家は職人さんでガラが悪いからダメ
××ちゃんは食べ方が汚いからダメ
そんな風にです。

私はこの頃はわりかし活発で
近所のおてんば娘と仮面ライダーごっこに興じて
やるのはたいてい人質の役でしたが
下町の子供はおもちゃがなくても工夫して遊ぶのが上手く楽しかったです。

同じ長屋の女の子が
季節でしたので
「ひな人形飾ったから見に来て」
と言うのでお邪魔しました。

土間兼台所を上がれば一間の作りはみんな一緒でしたが
その玄関先にひな人形が飾られていました。

ガラスケースの中に女雛男雛がちょんちょこりんと座っていて
横のネジを回すと
灯りをつけましょボンボリに
とオルゴールが流れてきました。

その子は何回も何回もネジを巻いて
音楽を聞かせてくれました。

この時、私は小1だったのですが
ぼんやりと
豊かさとは持ってる物の値段の高さや数ではないんだな
と思った事を覚えています。

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お母さんがミシンの内職して一生懸命
節約して
可愛い娘の幸せを祈って買ったひな人形なんだと思いました。

私の家に帰ると
裕福だった頃
私が生まれてすぐ、父の実家が買って送ってくれた七段飾りのひな人形を
母が飾っていました。

これを貰った頃は外国のお洋服もたくさん持ってて
暮らしも都会的で
と過去を眺めながら母が人形を飾っています。

関西の一間、ワンルームは狭いです。

人形のせいで、ますます狭くなっています。

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こういうの。

子供の食事も作らず
子供の目の前で自分の親が止めているにも関わらず
激しい喧嘩ばっかりしている両親。

母が
さあ、出来上がった。お友達を呼んで来なさい。
お紅茶を出すわ。

と言います。

そんなに過ぎた過去をみせびらかしたいのか。
そうしても過去に戻る事など出来ないのに。
ああ、これが「逃避」ってヤツか。

ちなみに他の兄弟は五段飾りの桃太郎か何か分からない、
微妙で立派な人形を持っていました。

私は無言で七段飾りに近付くと






普通に階段を上がるように登って
全てを倒壊




させてしまいました。

母が後で
あ゛あ゛あ゛あ゛~っっっ‼

と叫んでいましたが
叱られた記憶はありません。

板の真ん中で倒れて
人形と小物にまみれながら
憮然としていた事は覚えています(頭の上に牛車が乗っていました)。


私には
母が遊ぶなと言った、あの家の女の子の
貧乏でも仲の良い家族と
貧乏とか、そんなんどうでもと身の丈に合った生活を享受し
地味でもコツコツ暮らしてる、安定した家庭が
あのオルゴール付きの小さな人形に象徴されているのを知っていました。

お金で買える物になんて
本当は価値なんてないのも
幼いながらに感じていました。

あの七段飾りは
従姉妹が欲しがったので譲り、更に従姉妹の子供に譲られたそうです。
大切にしてる人の所へ行く方が
人形も幸せに決まってます。

母が欲しかった物の一つには
美貌でピアノが弾けてバレエが踊れるというような「お嬢さん」みたいな
「娘という名の人形」
も、あったのかもしれません。

娘なら玉の輿に
息子ならエリートに。

子供を老後の担保や年金みたいに思っていたのかもしれません。


いつも読んで下さって
ありがとうございます。

家庭内暴力とかの方向に行かなくて良かったとも思います。