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「鬼滅の刃」の社会学~その9 悲鳴嶼行冥 胡蝶しのぶ~

気は優しくて力持ち

悲鳴嶼さんは作中のキャラの中で、ひじょうに愛情豊かな人です。
盲目でありながらも、天性の感で鬼殺隊一番の戦闘力を持ち、年齢的にも上なので、皆をまとめています。
しかも、大の猫好き。

親が早くに亡くなり、私設の孤児院みたいな物をつくっていましたが、子供の一人(獪岳)が、自身の命と引き換えに鬼を招き入れ、沙代という幼い女の子一人を残して、惨殺されてしまいます。
この裏切った子供(獪岳)も含めて、子供という存在がトラウマです。
トラウマっつーか、子供の持つ、自分勝手さや弱さに心が折れかけたようです。
よくしてあげたのに……という思いがあったのです。

明治大正時代の孤児救済は、本来なら国の責任でした。政府はそれを民間に求めていました。
悲鳴嶼さんの苦労は並大抵ではなかったでしょう。
だから、子供達の行動に深く傷付き、「見返りを求めてしまう弱さ」みたいな物を戒めるため、また、殺された子供達の菩提を弔うため、はんば出家したようなスタイルに。

ただ、悲鳴嶼は実は鬼殺隊に獪岳が居るのを知っていた、そして探していたのではないかと、私は勝手に推理してます。
断罪するためでしょうか?
反対に、許すためでしょうか?
これは謎です。後者だと願いたいです。

また、私設孤児院の生き残りの沙代が、実は隠になっていて、悲鳴嶼の最期を看取った一人だったのではないか、と一部で推測されています。
悲鳴嶼は自身の寿命が、もうあまりないと悟っていたから、持ちうる全ての知恵も経験もパワーも、最終決戦にブッ込みます。

若い隊士がほとんどの鬼殺隊の中で、「大人としての見本」であった貴重なキャラです。
柱稽古のハードさに関わらず、稽古は隊士の意思に任せて、強制しない応容さ。
「大人のロールモデル」なのが窺えるエピソードです。

「『仕事』には責任が生じる」
「ヒトは大人になったら『仕事』をしなくてはならなくて、その対価にお金や尊敬が与えられる」
「『仕事』を全うするするためにめに、常に自身をブラッシュアップしなくてはならない」
という事を、あのすごい修行で教わるのです。

それゆえに、本当に、穏やかな最期は泣けます。

私が思い出したのは、吉田拓郎が、テレビでKinKi Kidsにギターを教えるというコーナーを持った時の話です。
吉田拓郎本人は、「もう歳で感性も衰えた。新しい曲も作れない。過去の遺産でダラダラしよう」と考えてました。
それが堂本兄弟のピュアさに触れて、回を追うごとに元気に。
結局、新曲を書き、三人でパフォーマンスしたのです。

炭治郎に会うまでは、悲鳴嶼さんも似たような心境だったように見えます。
真っ直ぐで素直な炭治郎に、今までトラウマだった「子供の残酷さ」を浄化されます。

だから若い男って(ry

悲鳴嶼が胡蝶姉妹の剣士としての育手だったのも、必然性がありそうです。
普通の女の子としての幸せを見つけるよう諭しますが、鬼を倒す事は、親の敵討ちだけではなく、「同じ思いを他の人に少しでもさせたくない」という優しさからなので、これは止められません。

また、荒くれたキャラが多い柱の中で、悲鳴嶼のように強制せず優しく指導する男性が育手だった事は、胡蝶姉妹に取ってラッキーだったと思います。

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日本で初めて孤児院を作った石井十次氏。
その女子部の食事風景。


ニッコリ笑って、ブッ殺す

胡蝶しのぶは両親の愛に包まれて育ち、最初は両親を、鬼殺隊に入ってからは最愛の姉のカナエを、鬼に殺されています。
「虐待サバイバー」が多い鬼殺隊の中では普通の家庭の子女で、また母性的でもあります。

しかし、ニコニコしながら穏やかに
「あなたが殺した人数分、拷問して耐え延びたら助けてあげます♪」
と恐ろしい事を言う女性。

この年齢では正規の医師免許は取れませんから、鬼殺隊専門の医療機関として、蝶屋敷としのぶが存在するのでしょう。
この蝶屋敷での診療費用などは、多分、鬼殺隊隊員は無料、だったのではないかと思います。
炭治郎が遊郭編後で2ヶ月眠ってたとありますが、現代なら高額医療費。
リハビリ施設も兼ねてますので、すごいコストです。
下の階級・癸の給料では払えないと思われ。
隊士は診療費が無料なのでしょう。
人件費・ガーゼなどの衛生材料費・薬などの仕入れは、「お館様」が払ってくれているとしか思えません。

それはともかく、しのぶは言う事と内面が違うし、何より心を切り離している「解離」の激しい人物です。
それほど、両親と姉の死のショック(世の中の理不尽さ)が大きかったのだと思います。

その身に大量の毒を仕込んで、鬼に自らを食わせ、時間差で殺すという「回りくどい」方法も、単に腕力がないからだけではなかったのでしょう。
そりゃそうです。
苦しめて苦しめて殺してやらねば。
簡単に頚を切って、なんて楽な死に方などさせるものか。
そのぐらい鬼への復讐心が強かったのです。

だから、禰豆子や珠世を「ヒトとして受け入れた」事に驚きます。
出自より結果が全て。
これではまるで、敏腕中間管理職です。
実際に、胡蝶しのぶは優秀です。
鬼の頚が切れない非力さでありながら、毒で倒すという技で、柱にまで出世しています。
そして、蝶屋敷のスミ達三姉妹、アオイやカナヲに分け隔てのない愛情を注ぐ母性的・姉気質な面が強いです。

反面、同じ柱の富岡義勇にはズケズケした物言いをするツンデレさ。
まさに、理想の「カノジョ」。

そしてこの人もまた「惜しみなく与える事が出来る人」です。
指切りげんまんの歌で伊之助を「ほわほわ」させるシーンや、完治していないのに鍛練や任務に行こうとする隊士を、「大人しく寝てないと、殺すぞヲイ」みたいな空気で叱る姿は、「医者」でもあり「お母さん」です。

頑なに鬼を拒絶していた胡蝶しのぶもまた、最期に自分を取り戻します。
彼岸で姉と共に、笑顔で両親に駆け寄る姿。

女の子らしい外見と振る舞い、母であり姉であり医師である姿。
その中身は並みの男の鬼など歯牙にもかけない強い人です。

だから、カナヲ達は慕うし、見本にしようとするのでしょう。

姉妹という存在は、友達のように仲が良いか、競争心でドロドロになりやすいです。
しのぶは
「鬼とでも仲良くなれないか」
と言う姉のカナエの意見に同意出来ません。
また、末期にまでカナエの
「しのぶには普通の女性としての幸せをつかんで欲しい」
という願いも受け入れられません。

それが、禰豆子を受け入れ、珠世と共同研究の末に
「あの『人』はすごい人です」
と認める所まで許容力が広がっています。

こうした変化や成長と共に、「大人の女性っぽさ」が垣間見えます。

けれど、しのぶはしのぶ、なのでした。
姉を殺した鬼までは許しません。
笑顔で悪態をつく姿、これこそが彼女の闇の部分であり、本質の一部。

一歩間違えればサイコパスなギャップに、ファンは魅了されるのでしょう。

この人の恋バナなど知りたかったなと思う私でありました。