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地位も名誉やお金より、自分の純度を上げたい。

「鬼滅の刃」の社会学~その14 時透無一郎~

茫洋の彼方に

まずは、時透無一郎は、鬼殺隊に入る前は兄の有一郎と杣人(そまびと)をしていた所に注目しました。

いわゆる「木こり」ですが、文献にしか登場しない、架空の存在(特に童話の)だと言う人もいます。

しかし、昭和に「サンカ」と呼ばれる人達が、民俗学好きの人の中で話題になりました。

その時代時代の中央政府(朝廷や幕府)の管理を嫌って、山から山へ集落で移住し、自給自足と独自の文化で生活をし、米や現金が必要な時だけ竹や枝で作った日用品や民芸品を持って、里に売りに来たと言われています。

この「サンカ」は実際に存在したと思いますが、集落の規模や、「独自の文字や文化」は「発見した」と標榜する作家の創作ではないかとも言われています。

存在そのものは、第二次世界大戦以降は消失したそうです(現代でも、ごく僅かに存在するという人もいます)。
もののけ姫」の舞台がイメージとして近いです。
山の中で、製鉄を生業とした閉塞された村ですが、こうした集落は古来から存在していました。
ちなみに、「もののけ姫」の村は、険しい山の中で、女性優位なコミュニティーを形成し、米は外部まで買いに行っています。

山の中では畑もろくに作れないし、特に水田は難しいです。
時透兄弟は「はじまりの呼吸の剣士」の子孫だと、「お館様」の妻(あまね)が何回も剣士にスカウトに来ています。

この「はじまりの呼吸の剣士」の家は「継国」という武家でしたが、どこかで武家としては絶えています。
何より、この兄弟はひどく貧しい上に、他の人間との関わりを絶った暮らしぶりから
「領地も持ってたハズの武家の子孫が、どうして山で木こりをしているのか?」
と疑問に思います。

乗っ取りに遭ったとか、戦国時代以降に敵に滅ぼされたとか、分家とか本家とかのヤヤコシイ事に巻き込まれて自然消滅したのかは分かりません。

「継国」の名字は、備中の他、関東に残っています。
「時透」になっていくプロセスでいろいろあったのでしょう。
後継者の問題などから、徐々に貧しくなっていったとしても、山に追いやられるようにして暮らしていた理由が解せません。
考えられるのは、どこかの時代で犯罪者が出るなど、不名誉な事態が起こったのかもしれません。

両親が貧しさから亡くなり、しばらくして無一郎も兄と共に鬼に襲われますが、無一郎にはやはり、剣士の才能があったのでしょう。
一人でフルボッコにしています(すごい)。
鬼殺隊入隊後は二ヶ月で柱になると、並々ならぬ強さを発揮しています。

この鬼に襲われた時以降、無一郎は記憶障害になります。
兄の存在をも含めて、一連の出来事を完全に忘れていた、つまり無一郎に取って、真のPTSDになってしまうほどの悲劇だったのです。
記憶障害も、短時間ですぐ以前の記憶を忘れるという、映画「メメント」みたいになっているのが悲痛です。

メメント」の主人公は、記憶を失くしても次にすべき事が分かるように、自分へのメッセージを残しています。
紙に書いておいても消えてしまうので、体のあちこちにタトゥーを刻んでいます。

無一郎はそうした自分の記録も諦めています。

「自分の成り立ち」を知るという事は、思春期から青年期において、「自分とは何か」を作るための大切な作業です。
アイデンティティーがあやふやでも、その後、良い対人関係に恵まれれば、何とかなる場合もあります。
が、無一郎の場合、「本来、自分がどういう性格だったのか」すら忘れています。

それを刀鍛冶の里の戦いで思い出し、性格が思いっきり「毒舌な美少年」に振りきれてるのは(元々、毒舌でしたが)、兄の人格を一部トレスしているのでしょう。

また、過去に兄が言った言葉を連想させる話をし、記憶が戻る要因になった炭治郎には、後に懐いています。

周囲からはぼんやりしているだけに見えても、記憶を維持出来ない事に、人知れず焦燥し、ひっそり鍛練に励んでいた無一郎です。
精神的にはかなりギリギリな状態だったようです。

まだ十四歳だし。

けれど、炭治郎との会話から、記憶の糸が掴めたシーンで、人はやはり誰かとの交流の中で(別に濃くなくてもいい)、新しい自分や忘れていた宝石のような思い出を見つける事が出来る、そうした生き物なのだと痛感させられました。

初期の「そんな事しても無駄」といろんな物を切り捨てていた無一郎ですが、最終決戦ではターボ全開。
それは「少しでも誰かのために」です。
「無一郎の『無』は」何なのか、分かったからです。

「毒舌な美少年」に振り切った後は、邪悪な笑顔で上弦の鬼を挑発し、涼しい顔で技を繰り出します。
もう、迷いはありません。
今まで積極的にしてこなかった弱い人間の救助もしています。
最終決戦でも、まんま捨て身の攻撃で他の柱をサポートします。

「自分とは何か」
に答えはなくても、「自分」は存在するのです。
この決死の戦い方は悲壮ですらあり、泣けます。

さて、このキャラ、外観が、とある兄弟の片方に少し似ているな、と思いました。
それについて後日。


幻の漂泊民・サンカ (文春文庫)
山窩奇談 (河出文庫)